スクール卒業後、見事作家事務所と契約

スクール卒業後に契約

ここでは作詞家スクールに3年間通い、見事事務所と契約を結んだWさんの経験談をお話ししたいと思います。 Wさんは、29歳の時に学校に入りました。作詞家になりたいという気持ちは高校生の頃からあったそうですが、その頃は年配の現役作詞家が多く、新人が入れるような状況ではなかったといいます。少し間をおいたのはそれが理由とか。

スクールで、成績がよく卒業できた人には事務所に入れるように推薦してもらえるという制度があったそうです。 そこで、卒業とともにすぐに事務所に入ったわけです。 作詞の作業は削る、直すの繰り返しだそうです。それは、今も昔も変わらない、と。 最初は、他に派遣の仕事をしながら、二足のワラジをはいて作詞家をやっていたそうです。

Wさんいわく、作家事務所は、何から何までやってくれるので便利だそうです。プロモートから印税の管理まで、ということになりますね。もし、個人で事務所を構えることになるとそれこそ、人を雇ったりしなくてはならないし、作詞の仕事に集中することができなくもなります。 Wさんは、作詞家への近道はまず、スクールに通うことだといいます。通信教育よりも、時間とお金が許すのであれば、システムの整っている環境で、自分と同じように作詞家を目指す人々と交流を深めた方が上達は早いし、業界の情報も入ってきやすいとのことです。

 

ジャンルは問わず売りこみ先を吟味する

あるスクールで講師をしながら、現役の作詞家として活躍されているEさんの場合は次のようなサクセスストーリーです。 シンガーソングライターの活躍が著しい中、あえてJ—POPではなく、子どもの歌や、演歌などジャンルを問わずに仕事を受けながら、作詞のプロとして講師をしています。 今は、講師としてさまざまな生徒たちにアドバイスをしているといいます。その中で、売り込みに関しては、やはりいきなり仕事に直結することはかなり稀だと一言。

「もし売り込みをするのであれば、売り込み先をよく吟味することが大切。オリコンのチャートなどをみれば、必ず、作詞、作曲者名、出版社名、プロデューサー、ディレクターの名前が書いてあるので、そういうところからチェックして、個人宛に持っていくことがポイント高し」という意見です。

作品が良ければ、もちろんプロデューサーも興味を持つでしょうが、まずはその人が手掛けてきた作品をよく知ることからはじめて、必要とされているテイストの作品を作って持っていくのもおすすめだといいます。 また、作品を持ち込んだ先で、別のレコード会社やプロデューサーを紹介してもらえたり、という風につながりが増えていったケースもあるそうなので、いい作品であればチャンスが増えるということのようです。

 

楽しんでやること。そして、恋をすることが成功のカギ

もともとは歌手になりたかったIさん、音楽が大好きで、大学時代にバイトで音楽関係の仕事をはじめて、作詞家の道へ進みはじめました。やはり、スクール卒業から、事務所に所属しプロとして転職成功したケースのようです。 バンドブームを経験したIさんは、歌手になりたいと渇望していました。ですが、趣味で組んだ女の子だけのバンドがあり、その中に作曲ができる友人がいて、その友人から作詞してみて欲しいと言われ始めたことが楽しく、興味は作詞家の方へシフトしていったそう。

ジャンルを特定せずに、アニメソングからポップスまで手掛けているIさんですが、作詞家になってからは、あえてジャンルを狭めないように心がけてきたそうです。 ポップスは好きで、ずっと携わってきたジャンルだから興味があって当たり前で、いざプロとして走り出してみると、そこにこだわりをもつことが不自然だと思ったそうです。 結果、売り込みをしなくとも実力が買われて、作詞家1本で食べていけるように仕事がバンバン入ってくる状況だそう。

「楽しんでやること。そして、恋をすること、このふたつが女性の作詞家には必要かも。」というIさん。なぜ、恋をすることが大切かというと、女性は恋をしている時にこそ相手のきもちが一番分かる生き物だから、それが作品にも反映されるらしいのです。 これは、おきかえていうと、リスナーの気持ちがわかる視点からの作詞ができるということに繋がりますね。 女性の作詞家ならではのIさんのサクセスストーリーでした。

1本のデモテープが作詞家1本のスタートだった

デモテープで成功

学生時代にアマチュアバンドを組んでいたSさんは、1本のデモテープを当時あるラジオ番組のパーソナリティをしていた音楽評論家に送ったことがきっかけだったそうです。もともと趣味でやっていたので、高校卒業真近のその頃、就職先は決まっていたそうです。

その評論家からCM音楽の制作会社を紹介されて、そこに出入りしていたプロダクションのディレクターと親しくなったそうです。それで、〝書いてみないか?〟といわれたのがかなり著名なアーティストの昭和のあるヒットソング。これは、デモテープを送ってからたった2〜3ヶ月後のことだったので相当ラッキーだったと自分自身でも感じているそうです。

その後も、時代の流れがマッチしていたからか、次々に同じ系統のはやりの音楽の作詞の依頼が後を絶ちませんでした。と、同時にアニメのヒーローものや教育ものなどもてがてて、最初から作詞家1本という稀なサクセスストーリーをたどってきたというわけです。 今でも定期的に月につきアルバム1枚分を依頼されたりなどして平均して、7〜8曲は制作されているそうです。

「作詞以外の仕事はしないという風に決めつけない方が、作詞家としてやっていける。」とSさんはいいます。コネクションをつくるにしてもあまり意気込みすぎていると相手も気が重くなるといいます。「何かあれば使ってください!」ぐらいの方が、今まで仕事に繋がる人脈だったかも、と振り返ってSさんはいいます。

これだけ、とんとん拍子に成功されている方だけあり、やはり余裕の発言ですが、これから作詞家への転職をめざすあなたにも、もしかしたらこんなミラクルのようなチャンスが待ち受けているかもしれません。